時代を伝える「木屋旅館」
 温泉街の中心地・温泉本通りの中ほどに、歴史ある温泉地ならではの雰囲気を醸し出す建物「木屋旅館」があります。
  今回、南苑寺と同様、国土の歴史的景観に寄与しているという基準によって登録有形文化財となった木屋旅館の創業は明治元年―。木造二階建て一部三階建ての木屋旅館。建物の西側(写真左手)に位置する二階建ては「明治の館」と称され、明治期に建築後、大正8年に改修されたものです。
  また、中央部の二階建てで、「昭和モダンの館」と称される建物は昭和33年に建造されたもので、その東側に位置する木造三階建ては「昭和匠の館」と称され、昭和29年に建造されたものです。
  温泉街の発展とともに増改築を行いながら現在の姿となった木屋旅館の屋内は、複雑な迷路状となり、明治・大正・昭和の時代を反映し、意匠を凝らしたそれぞれの客室にも貴重な歴史的価値があるとされています。
  そしてさらに、木屋旅館の魅力を高めているのは、その本質である温泉施設で、浴室内のタイルなど大正期の温泉施設を原型のまま残している「楽泉の湯」のほか、自噴泉の「河鹿の湯」「河瀬の湯」「元湯」などとともに、「オンドル」施設も残されており、地下を二b掘り下げて造られた楽泉の湯は、自噴のラドン温泉が三徳川の水位とともに湯面が上下することから、昭和九年の室戸台風では、この湯面が二bあまりも上昇した跡が残るなど、長い歴史の温泉文化を今に伝える貴重な建物として高い評価がなされています。
  一方で、木屋旅館は大女将の実父にあたる河本緑石が、宮沢賢治、保坂嘉内、小菅健吉らと同人文芸誌「アザリア」を発行している関係から、宮沢賢治のファンも多く訪れている宿としても知られている旅館。今回の登録によって、その魅力はさらに高められたと言えます。
  三徳川を中心とする温泉街に、今回で四か所の文化財が登録となった三朝温泉―。世界屈指のラドン温泉という泉質はもとより、歴史的・文化的な魅力に誇りを持ち、さらなる繁栄を期待したいものです。

「登録有形文化財」とは?

 文化財登録制度は、「近代の貴重な建造物を活用しながら保存しよう」と平成8年、文化財保護法の改正により新設された制度で、国の原簿に登録されたものを登録文化財と呼びます。
  このうち、住宅や事務所、社寺、橋、トンネル、煙突などの幅広い建造物を対象としたものを「登録有形文化財建築物」と呼び、建築後50年を経過し、広く親しまれていたり、そこでしか見られない珍しい形などをしているものが、その文化財として登録される要件を持っています。
  そして、この文化財に登録されると、建物の修理に係る費用や税制面などでの優遇措置を受けることが可能となり、文化財としての保存と活用が支援されることが、この制度の大きな特徴となっています。
  現在、登録有形文化財建築物として登録されているのは全国で七千九百九十八件。このうち、県内では百四十七件が登録されており、町内では、「旅館大橋本館・離れ・大広間棟・西離れ・太鼓橋」「三朝橋」に、「南苑寺本堂・隠寮・庫裏・山門」「木屋旅館」が加わり、4か所11件となりました。