差別といじめをなくすためには

大切な大人の“努力”と“自覚”

解放社会学研究所

所長 江嶋修作さん

■「人権感覚」とは
 人権教育は、自分たちの日常生活とは関係のない、ちょっと離れたところにある問題を考えることだと思い込んでいる人がいる。また、部落差別は遠い世界のことだと考えている人もいる。そうではない。人権・同和教育とは、一言でいうと一人ひとりの人権感覚を磨く場のことである。では人権感覚とは何か。簡単にいうと、自分以外の人間が一生懸命生きているその人の人生に対してきちんと「敬意」を持つこと。すなわち、おじいさんやおばあさんには、過去に生きてきた人生があり、また子どもたちには、これから生きていくであろう数十年間の人生があるわけで、それを大切に思いやりながら接するということである。
 では、敬意を払うということは、具体的にはどうするればいいのか。それは、人の思いを勝手に決め込まず、「自分には解らない」。だから「相手に尋ねる」という素直な気持ちで臨むこと。「年寄り」を喜ばそうとして行ったことに当の本人は迷惑しているといったケースは多い。年寄りの気持ちは、聞いて見なければ解らないのである。
 人権問題の基本は、この「他人のことは自分には解らない」ということをきちんとわきまえて、人と接することである。

■子どものいじめ

 「いじめ」を解決する上で課題となるポイントとして、(1)「ある」のに「ない」ことにする人権風土(文化) (2)いじめは子どもの世界のこと。大人には解らない (3)いじめの仕組みは部落差別と同じ の3つがあげられる。
 (1)は、本当はいじめがあるのに、ないことにして平気で済ませようとすること。(2)は、大人が子どもの「いじめ」問題を議論する場合、解らないことを解ったつもりで議論している。本当の子どもの気持ちが解っていない。(3)は、いじめや部落差別は受ける側の理由は全く無く、人間の中に溜まった劣等感や嫉妬心、欲求不満などを、身近な特定の人へ投げつける行為を差別というのであり、これが子どもの世界では「いじめ」となる。大人社会の差別のシステムがそのまま残っているなかでは、子どもの「いじめ」はなくならない。
 いじめは、いじめている子どもが自分の心の中に溜まった嫌なものの処理に困り、助けを求めている合図。いじめ問題を耳にした親の多くは「わが子はいじめられていないだろうか」と心配するが、「まさかうちの子が誰かをいじめていないだろうか」と考えることができればと思う。わが子が、誰かをいじめないと生きていけないような、みっともない、醜いところで生きているのではないかと心配する親が増えればいじめはなくなる。
 まずは、大人たちが差別を捕まえ、差別をなくする努力とその自覚を持つことが大切だ。